「HOT」という単語を聞いたことはありますか?
医療者でなければ「熱い」という日本語を思い浮かべる方がほとんどだと思います。

HOTとその対象

HOTはHome Oxygen  Therapyの略で在宅酸素療法のことを指します。在宅酸素療法というのは自宅などで酸素吸入を行う治療法のことです。
欧米ではLTOT(Long Term Oxgen Therpy)と呼ばれ、1日15時間以上の酸素吸入療法を指します。
HOTはもともと病状が安定した慢性呼吸不全患者などが対象でした。
1985年に医療保険が適応になり、現在、在宅酸素療法を行う方は17万人以上にのぼります。
疾患の内訳はタバコ病と呼ばれるようなCOPDと呼ばれる疾患が多くを占め、次いで肺線維症や間質性肺炎などの肺が硬くなるような病気、肺がん、肺結核などと合わせると大半が呼吸器の疾患を持つ患者様で使用されていますが、心不全、神経筋疾患などの患者様にも使用されており、2018年からは群発頭痛にも適用が拡大されています。

HOTの目的

家で酸素を吸うというためだけでなく、携帯酸素ボンベなどを使用して外出したり、仕事をしたり、リハビリしたりと患者の行動範囲を広げることを目的とした使われ方をしていました。

コロナ禍による在宅酸素療法の変化

現在COVID-19が流行し、中等度の患者様は基本的には入院管理です。しかし、感染拡大により入院できない方は家などで酸素療法を選択される可能性もあり、この際に在宅酸素療法が導入されます。
しかし、COVID-19による肺炎は急性呼吸不全です。刻々と病状が変化する可能性があります。
慢性呼吸不全を対象に使用されてきたHOTをCOVID-19感染患者適応することは緊急事態ではやむを得ない状況です。
在宅酸素療法では酸素濃縮器と呼ばれる機械を使うことが多いのですが、この酸素濃縮器が現在、自治体からの注文が相次でいる状況です。

HOTの特徴とHOTを使用する上での注意点

在宅酸素療法と病院での酸素療法の違いの1つはこの酸素濃縮器と呼ばれる機械を使うことです。名前の通り、電源があれば自動で大気からフィルターで窒素を取り除き高濃度酸素を作ることができます。
また電力が不要で液体酸素が充填された大きな酸素ボンベを自宅に設置する在宅酸素療法もあります。
このHOTの契約はメーカーと直接個人でレンタルの契約を結ぶのではなく、病院やクリニックを介してレンタルする形になります。酸素の処方が必要となるため月1回の受診が必要です。
酸素流量は体調が悪いからといって自己調節したり、使う時間を変えてはいけません。
COVID-19感染患者に経鼻カニューレでの酸素療法を行う場合はエアロゾル発生抑制のためサージカルマスクを患者様に着用してください。
HOTを使用する上で火気の取り扱いにも注意してください。禁煙はもちろんとして、酸素吸入しながらガスコンロを使った調理は控えなければいけません。

コロナ禍でのHOT再使用について

COVID-19感染患者へ酸素濃縮器を使うことで問題になってくる点は大気を機械の中に取り入れるということで、COVID-19で汚染した大気が酸素濃縮機に入る可能性があるのではないかということです。
以前はCOVID-19感染患者に使用した酸素濃縮器は消毒し、時間を置いてから、別のCOVID-19感染患者へ使用していました。
令和3年9月2日に厚生労働省新型コロナウィルス感染症対策推進本部と医政局経済課はCOVID-19感染拡大に伴い、酸素濃縮器の需要が高まった結果、日本環境感染学会から「再使用するまでの期間は時間を置かずに使用することが可能」の見解を周知しました。
同学会は「別の変異ウィルスへの感染の懸念は残るものの、酸素投与が必要な場合、酸素投与することの方が優先される」としています。
酸素濃縮器の供給が追いつかなくなりつつある地域が出ていることも大きな問題ですが、COVID-19感染患者にHOTを使用する上で考えなければいけないのはCOVID-19の呼吸不全管理についてです。

酸素不足=息切れの式は成り立たない

さて、パルスオキシメーターという機械は最近はご自宅用で購入された方も多くいらっしゃるかと思います。これはSpO2、血中の酸素飽和度を計測する機械です。
このSpO2という数値は90%を下回ると一般的に低酸素血症と呼ばれる状態(呼吸不全の定義はPaO2≦60mmHgであり、SpO2≦90%に相当します。)
しかしSpO2は3%程度の誤差が予測されるのでCOVID-19の呼吸不全の基準ではSpO2≦93%が基準となっています。

問題はこのSpO2の数値と呼吸苦の程度は完全に相関しているわけではないというわけではないということです。
下の図は安静時には低酸素血症を示していないCOPDを対象に労作時6L/minの酸素吸入と空気吸入で息切れが改善するかRCT(無作為化比較試験)で実施したものです。
酸素吸入でSpO2低下は抑制されましたが、労作時息切れの改善は空気吸入と差がない結果となっています。プラセボ効果で、酸素吸入による安心感から息切れは改善した可能性が示唆されます。
Moore RP ,et al:A randomized trial of domiciliary, ambulatory oxygen in patients with COPD and dyspnoea but without resting hypoxemia. Thorax. 2011;66(1):32-7.

 

COVID-19による呼吸不全管理は医療者による管理が必要

COVID-19感染による有症状者では発熱、呼吸器症状(咳嗽、咽頭痛)、頭痛、倦怠感などインフルエンザ様の症状がみられることが多いとされます。嗅覚・味覚障害の頻度も高いのも有名な特徴です。
Carfi A, Bernabei R, Landi F: Persistent Symptoms in Patients After Acute COVID-19.JAMA 2020;324:603-5

症状の中で息切れの頻度は多くみられますが、COVID−19は息切れを起こさないhappy hypoxia(幸せな低酸素血症)を引き起こす可能性があるようです。呼吸器をよく診ている先生方は間質性肺疾患などで馴染みのある病態です。
下の図はCOVID-19感染患者の酸素飽和度と心拍数、呼吸数を検討した研究であるが、酸素飽和度とこれらの相関関係はなく、低酸素血症でも頻脈や頻呼吸が生じにくいことが示唆されています。
こういった例では低酸素血症が進行していても、本人は自覚症状がなく、動き回り自宅で倒れている可能性があります。
Clin Infect Dis. 2021 Aug 2;73(3):e856-e858.(doi.org/10.1093/cid/ciab026)

COVID-19による呼吸不全は急性呼吸不全であり、病態が刻々と変化する前提の呼吸不全管理はやはり医療者のモニタリングが必要かと思われます。
近年は少しずつ、遠隔医療が進められるようになりましたが、まだまだ整備途上の段階であり、早急に体制を整える必要があります。

愛知県でも酸素ステーションが設立開始

愛知県では令和3年9月6日より名古屋市港区の愛知県武道館に県内初の酸素ステーションとして愛知入院待機ステーションが設立されています。
愛知入院待機ステーションでは、医師2名、看護師4名、救急救命士の体制で運営されます。医療救護所のような役割であり、マンパワーなどの課題はありますが、HOTにより呼吸不全の改善は期待できます。しかしHOTだけでは原疾患のコントロールができないため、薬物療法が必要です。酸素ステーションはその環境を整える一手になりそうです。

以上のようにコロナ禍におけるHOTについて述べさせていただきました。COVID-19感染による呼吸不全管理は専門家の管理が必要と考えております。
通常の慢性呼吸不全による在宅酸素療法の管理は弊社でも十分に対応させていただきます。
在宅で使用される人工呼吸器の管理などに精通したスタッフも在籍しておりますのでぜひ弊社へご相談ください。


著者:谷口 晶紀(看護師 Footage訪問看護ステーション覚王山店 )