1.経営と現場の対立について

私が株式会社FOOTAGEの経営支援事業として、同業他社への訪問やヒアリングなどに携わっている中で、多くの企業から経営と現場の対立について相談を受ける機会が増えています。
その中で「どうすれば主体性を持って事業所の運営に参加してもらえるのか?」「会社としての方針を出しているが、現場が行動化できない。」「管理者が上手に現場をコントロールできていない。」といった訪問看護ステーションの運営に関する経営と現場の関係性についての相談が多く寄せられています。
経営者や管理者の相互理解が上手く進まず、苦悩していることが相談の内容から見て取れます。

そもそも訪問看護事業は経営と現場で対立しやすいのか?

訪問看護ステーションが置かれている状況から確認してみましょう。
団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年問題が近づいていることから訪問看護師不足がより深刻化しており、訪問看護ステーションの量的拡充というより、訪問看護師の量的拡充が求められています。
訪問看護ステーションの開設数は増加傾向にあるものの、開設されたステーションの1/3以上が廃止や休止に追い込まれており、令和3年度でも新規開設1806件に対して732件が廃止や休止になっています。
訪問看護業界の潮流として、社会的な在宅医療の推進の流れに伴い成長産業と言えますが、これらのデータから訪問看護ステーションの運営は容易ではないことが伺えます。
この廃業のうち一定の割合で、廃業原因が”経営と現場の対立による看護師の常勤換算割れ”の訪問看護ステーションがあるわけです。

FOOTAGEの経営支援事業では、訪問看護事業の運営に関する課題や特徴を把握し、運営のサポートを行っています。

経営者が”現場が何を考えているのかわからない”ことも

私は訪問看護事業者から運営の相談を受けた際に、「現場はどのような意見をお持ちなのか?」「意見の背景にはどのような要因があるのか?」といった経営者の運営に対する理解度を確認します。
経営者であるのだから現場の事を理解していて当たり前と思われるかもしれませんが、多くの場合で「何を考えているのかわからない。」「把握できていない。」といった返答が寄せられます。
つまり経営者が現場の状況やニーズが把握が出来ておらず、両者の対立関係が発展してしまい、両者ともに相互理解にハードルを感じるケースが多いのです。
特に経営者と医療職では考え方が異なるケースが多く、経営者は業績に拘るのに対し、医療従事者は利用者満足度や医療の費用対効果に拘る傾向があります。
そういった職業意義を理解していない経営者である場合には、対立関係が顕著に現れやすいと感じています。

経営と現場の対立の解消

訪問看護ステーションの運営において、経営者や管理者が現場との対立を解消し円滑な運営を実現するためには、以下の対策や改善策が考えられます。

業務フローとしてコミュニケーションの機会を作る

経営と現場の対立が起こる原因の一つは、コミュニケーション不足による誤解です。
定期的なミーティングやオープンな意見交換の場を設けることで、双方の意見や懸念を理解し合い、解決策を見つけることができます。
訪問看護事業は移動が多く、事業所にスタッフが集まる時間が限られており、「コミュニケーションを大切にしたい」という意識だけではコミュニケーションの場を設けることが困難です。
日頃の業務の流れの中に、仕組みとしてコミュニケーション機会を設けることが重要です。

現場の意見を尊重する

経営者は現場の意見を尊重し、それを経営判断に反映させることが重要です。
職業的意義を大切にしている看護師は経営の邪魔をしているわけではなく、目の前の利用者に精一杯ケアを提供することで、事業にとって良い影響を与えてくれています。
現場の声を鑑みない経営判断をすると対立が深まるだけでなく、医療職の職業的意義を無視する結果になってしまうため、現場のモチベーションも低下してしまいます。

経営者と現場でチームを作る

経営者が現場の仕事を理解することで、現場の要望や悩みに対して適切な対応ができるようになります。
経営者自身が現場に出向いて現場の実際を把握することで距離を縮めることができます。
看護を提供することや利用者さんのことを知ることを行うのではなく、どのような状況や環境で働いているのかを知るだけでも、距離を縮めることにつながります。
経営と現場が協力してこそ事業の継続性に繋がるので、両者共に歩み寄り、チームとして協力する必要があります。

目標やビジョンを共有する

経営者は現場に対して、会社の目標やビジョンを明確に伝えることが大切です。
共通の目標に向かって働くことで、経営と現場が一体となり、対立を解消できる可能性が高まります。
在宅医療が地域にとってどのような影響を与えるのか、訪問看護はその中でどのような役割を担っていくのか、地域の中でどのような訪問看護ステーションを運営していきたいのか、運営を継続していくための経済的な目標などを共有することが大切です。
社会的意義と経済合理性の双方の視点を持つことが必要になります。

コンフリクトマネジメントの習得

経営者や管理者はコンフリクトマネジメントのスキルを習得することで、対立を円滑に解決する方法を実践することができます。
適切な対応ができるようになると、経営と現場の関係が改善されるでしょう。

経営と現場の対立を解消するためには、コミュニケーションの改善や相互理解の促進が大切です。
経営者は現場の意見を尊重し、チームワークを重視することで、経営と現場の関係をより良いものに変えることができます。
また経営者自身が現場の仕事を理解し、目標やビジョンを共有することで、経営と現場が一体となり、対立を解消できる可能性が高まります。
訪問の現場に同行したり、利用者満足度アンケートや職員満足度調査の結果をもとに現場と共に考えたり、価値観を共有する施策が有効でしょう。

コンフリクトマネジメントの習得も対立解消に役立ちます。
以下では、コンフリクトマネジメントに焦点を当てて話を進めていきます。

2.コンフリクトマネジメントとコンフリクトについて

コンフリクトとは

コンフリクトは心理学辞典で「複数の相互排他の要求(欲求)が同じ強度をもって同時に存在し、どの要求に応じた行動をとるかの選択ができずにいる状態」を指す言葉で、衝突や対立を意味します。
対立が発生するのは自然なことであり、対立自体を恐れる必要はありません。
むしろその対立を成長の機会と捉え、双方にとってに良い解決に繋げることで、協力体制を構築することが出来ます。
ここでコンフリクトマネジメントの役割が登場します。

コンフリクトマネジメントとは

コンフリクトマネジメントは、組織内で発生した衝突や対立を成長の機会と捉え、双方ともに良い解決に繋げることによって組織に対しても好循環をもたらすマネジメント手法です。
コンフリクトマネジメントを取り入れることで得られるメリットやデメリットをご紹介します。

コンフリクトマネジメントのメリット

心理的安全性をもたらす

「経営者が言うことは絶対だ。」「管理者の言うことには逆らえない。」といった環境だと自由に意見を出すことが難しく、対立を生みやすくなります。対立に対して肯定的に捉える環境であれば、所属するメンバーも意見が出せ、組織の成長に繋がります。

アイデアを生みやすい

自分以外の視点や価値観を知ることで、新たなアイデアや考え方が生まれやすい環境づくりに繋げることができます。

組織改革のタイミング

起こるべくして起こった対立については、大きな変化をもたらす組織改革のタイミングの機会となります。
通常は組織の変革するには組織の構成員に変革の意義を感じて貰う必要があるために多大な労力を伴いますが、コンフリクトが発生している状態とは組織の構成員の変革に対するニーズが高まっている状態とも言えます。
こういったニーズを的確に拾い上げ、メンバーの意見を取りまとめて合理的な方向に導くのも、経営者や管理者に求められているリーダーシップと言えます。

コンフリクトマネジメントのデメリット

関係性悪化への拍車

「衝突や対立を成長の機会と捉え、双方ともに良い解決に繋げること。」といった双方にとっての前提条件が無い状態で、コンフリクトを無理に解決しようとすると、さらなる関係性の悪化に繋がります。
マネジメント層は現場に対して「双方にとって利のある、建設的な話し合いにしたいこと」をしっかり伝え、その上で対話を進めるようにしましょう。

3.コンフリクトの要因

コンフリクトの要因は3つに分類されます。

条件の対立

「経営と現場」「管理者とスタッフ」のように立場や役割の違う者同士が仕事の方針などをめぐって、対立するものを指します。
コストやクオリティ、利益やホスピタリティなど何に重きを置くかが異なっていたりすることなどが、要因として挙げられます。
ただ、条件の対立の多くが条件同士をトレードオフ(交換不可)な関係性であると認識しているのに対し、実際は収益性(利益)とサービスの質(ホスピタリティ)は両立可能であったりするので、対立構造を作らないことが大切です。

認知の対立

同じ物事に取り組んでいたとしても人によって考え方は様々です。
例えば「体調確認」という言葉を使っていたとしても、人によって体調確認の範囲は様々であることなどが挙げられます。
建設的な対話に繋げるためにも、言葉の定義、物事の定義を統一するように心掛けましょう。

感情の対立

気持ちが要因の対立です。
条件の対立や認知の対立が継続することで発生する対立であり、解決するのが非常に困難になります。
コンフリクトマネジメントを活用することで感情の対立が悪化しないように予防することが望ましいです。

コンフリクト要因の併発

宍戸拓人氏は、著書『コンフリクト・マネジメント・ フレームワーク ──近年のコンフリクト研究に対する文献研究より』において

De Dreu and Weingart(2003)と De Wit, Greer and Jehn(2012)のメタ分析によって,多くの職場や集団において異なる種類のコンフリクトが併発しているという事実が示唆された。すなわち,成員がコンフリクトに対処しようとする際に,単一の種類のコンフリクトのみが生じているという場合は稀なのである。1)

と言求しており、大半の場合は複数の要因が併発していると考えられます。
例えば「経営と現場」といった条件の対立が発生している状況においては認知の対立についても検討しなくてはならず、医療職特有の思考や価値観について認識しておくことが大切だと考えられます。

コンフリクトマネジメントを活用することで、組織内の対立を適切に管理し、問題解決や意思決定のプロセスを円滑に進めることができます。
また異なる視点や価値観を受け入れることで、新たなアイデアや創造性を育む環境を作り出すことができます。
ただし前提条件の理解が不十分であれば、コンフリクトマネジメントは関係性の悪化に繋がることもありますので注意が必要です。

まとめ

訪問看護ステーションの運営における経営と現場の対立解消策についてご紹介させていただきました。
これらの取り組みを通じて、訪問看護ステーションの運営が円滑になり、経営者や管理者の悩みを軽減することができるでしょう。

次回は対立が発生する看護師特有の価値観やコミュニケーションについてやコンフリクトマネジメントの方法とFOOTAGEで実際に行っている施策の紹介などを行う予定です。

参考文献:
1)宍戸拓人著.コンフリクト・マネジメント・ フレームワーク ──近年のコンフリクト研究に対する文献研究より.日本労働研究雑誌,2020年,7月号,(No.720),P40